音楽室
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音楽室 June Christy ”My One and Only Love”

 

“June’s Got Rhythm”   1958 Capitol Records

1 Rock Me To Sleep

2 Gypsy In My Soul

3 I’m Glad There Is You

4 They Can’t Take That Away From Me

5 It Don’t Mean A Thing

6 My One And Only Love

7  When Lights Are Low

8 I Can Make You Love Me (If You Let Me)
9 Easy Living

10 Blue Moon
11 All God’s Chillun Got Rhythm

 

目の前に自分より優れた才能を持った人間が現れた場合、その才能の偉大さを素直に認めるというのは、簡単なようで難しいものである。

 

今まで自分が浴びていたスポットライトを譲り、その若者の成功を願って便宜まで図れる者は、さらに稀であろう。

 

ジューン・クリスティーは1940年代に、当時メジャーなビッグバンドのひとつであったスタン・ケントンの楽団に、アニタ・オデイの後釜として加入し、一躍人気者となった。いわゆる”ケントン・ガールズ”の一人である。

 

スタン・ケントン楽団を退団し、ソロ活動を開始した1950年代には、ジャズ・ヴォーカルの歴史全体の中でも際立って高い評価を受ける名盤”Something Cool”をリリースし、トップクラスの白人女性ヴォーカリストとしての地位を不動のものとした。

 

”Something Cool”でのクールで知的な歌唱の印象が強く残るジューンだが、夫のボブ・クーパーと作り上げた“June’s Got Rhythm”では逆に、リラックスした、伸びやかでウォームな歌唱を披露している。

 

 個人的には”Something Cool”よりも “June’s Got Rhythm”の方が好きで、結構長く愛聴した。

 

 以前、ベヴァリー・ケニーを紹介した際にも述べたが、純粋な歌の上手さで言えば、世界にはいくらでも上手い人はいる。しかし、プロとして成功し、人々の記憶に長く爪痕を残せる者は少ない。

 

 ヴォーカリストとして人を惹きつけるためには、単純に、例えば何オクターブの声域を持っていれば良い、というものではないのである。説明のつかないような魅力を持つ、ほんの一握りの才能だけが、偉大な成功を収めることができる。ジャズの歴史上、ジューンはその、特別な才能を持った一人だった。

見ているとこちらも自然と笑顔になってしまうような、愛嬌のある笑顔も良い。

 

大酒飲みだったことが影響してか、まだ30代であった1960年代には既に声に衰えが見え始め、その後は目立った活躍をすることなく、第一線を退いた。

 

1990年6月(June)に死去。

 

ジューンは、スタン・ケントン楽団を去ることが決まった際、一人の才能溢れる女性ヴォーカリストを自分の後任として強く推薦した。

 

ジューンのおかげで楽団に加入したクリス・コナーは、その氷のようにクールな歌声で成功の階段を駆け上り、後に、ジューン以上の名声を得ることになった。

 

 

 

-住吉-